お元気でしたか?今週もよろしく~~~~~♪

お誕生日飲み会♪2017年05月08日

お誕生日飲み会♪
 北海道と北陸道から帰って来たら、お友だちが、お誕生日まだやってないから飲みに行こう~~~~~~と誘ってくれました♪

 魔女語で呪文となえながら飲んでいると・・・・・・・・

 やばくない????( ̄▽ ̄;)

 この写真!!!( ̄▽ ̄;)

テツの入院 鈴木先生に感謝♪2017年03月26日

 25日の土曜日に、高田の馬場の教室に行った後で、兄とてっちゃんとで赤坂の「カンジャンケジャン」で食事をしました。
 個室を予約しておいたので、ゆっくり食事ができ楽しかったです♪

 ところが、帰りにてっちゃんが急に具合悪そうになって「先に帰ってよ」と言うのですが、おいていくわけにはいかず待っていると

 青い顔をしてトイレから出てきました・・・

 もともと腸に憩室があり、2回ほど入院しているのですが、お店に行く前も少し調子が悪かったようです。

 なんとか自宅に帰って来たのですが、てっちゃんは「救急車を呼ぶと入院になるので」と、日汗をかきながら耐え忍んでいました。

 「マンションの理事をしていて、理事会があるので、入院するわけにいかない」と言うのです!!何を言ってもいうことを聞かないので放置!!

 26日の日曜日は朝からよろよろ歩いて理事会に行ったのですが「理事会終わったら絶対鈴木先生のところに行くんだよ!!!」

 鈴木先生というのは、私が昔難病指定され死の宣告を受けた時に「いや~~この病気になって、そんなに元気なわけないよ」と、大きな病院を紹介してくれて、結局なんでもなかったわけdす!
 姉ちゃんは、胃が気持ち悪くて、病院に行ったのですが「神経質だ!とか、たいしたことない」とか言われて薬を飲んでも良くならず、私が「鈴木先生のところに行きな」と言ったら、「これはやばい」と、すぐに紹介状を書いてくれ、電話もしてくれ、すぐに入院となり姉ちゃんは手術をしたんです!なんと胃の入り口に「ジスト」という肉腫のでっかいのができていたのです!!

 私は仕事関係の人と教会にお世話になった牧師さんにお別れの挨拶をしに行き、食事をと言われたのですが「夫が具合わるいので」と、断ったのですが、どうしてもと言われ、エビの天ぷら定食を食べました。そして家に帰ると夫はいないし電話をしても連絡がとれません・・・

 やばいかも・・・・・・・

 だいぶたって夫から電話があり「理事会終わって鈴木先生のところに行ったら、これはやばいのですぐに大きい病院に行きなさいと言われ、受け入れてくれるところを探してくれ入院になっちゃった」

 病院に行くと、脱水症状となっていて、血管に点滴が入らない・・・。最初の看護師はダメ・・・次の日ともダメ・・・すごい時間をかけて、ようやく点滴が入ったのです。脱水症状の怖さを実感!!

 とりあえず帰り、パジャマを買ったり着替えを用意したりして次の日仕事に行くと病院から「緊急なのですぐに来てください!」と連絡がり、病院に行くと、てっちゃんは「もうすごく調子がいいのに手術すると言われて、手術は嫌だと言っているんだよ。熱だけで、もうどこも悪くないもの」

 医者によばれ「熱が下がらないので血液検査をしたら白血球は増えCTをしたら腸に穴が開いてる可能性が高いので緊急に手術しないと命が危ないです。最悪の場合人口肛門をつけ・・・・・・・」

 え・・・・・・・・なに????????

 「人口肛門でもなんでもよいので、すぐに手術をしてください」

 お医者さんが「奥さんはなしがはやい!!良かった!!」

 そのとたん、バタバタバタ・・・・・・・と、夫はあっという間に手術室に行ってしまいました。

 看護師さんが「待合室で待っていてください」と言ったのですが「待合室だと元気な顔していないとならないので、病室で暗い顔して待っています」と・・・一人で病室にいました。

 何時間かして、手術室からテツが出てくると、酸素マスクにクダだらけで出てきて、さっきまであんなに元気だったのに・・・と思うと涙が出そうでした。

 手術の後の注意をいろいろ話してあげて私が帰った後で、看護師さんに「「奥さん、すごい何でも知っているんですね!病院関係の人なんですか?」と聞かれたそうです。てっちゃんは「保育園で働いているんですけど、しょっちゅうバイクでケガして入院しているんで、入院には詳しいんです・・」と、よけいなことを言ったようです・・・・・・・・

 手術はヘソから下までザックリ開いて腸を洗浄したのですが、やはり腸に穴があいていて腸の中のものが内臓に漏れていて、もう少しほっておいたら感染症をおこして、命の保証ができなかったとお医者さんは言っていました。

 手術が無事終わって本当に良かったです。もし、あの時、鈴木先生のところに行かなかったら、今頃どうなっていたんだろうと思うと、鈴木先生に心から感謝です!!手術をしてくれた、お医者さんにも感謝です♪

※憩室は誰にでもあり、それが炎症を起こすと憩室炎となります。トイレとか我慢すると、憩室ができやすく、今回のように穴があいてしまうこともあるようです。

ペンシルバニアの教会2013年08月14日

  私が9歳の時に、ペンシルバニアから手紙が届きました。以前ニューヨークに来た時に、たまたまアーミッシュの人たちの生活を見に行ったところが、ペンシルバニアで、その時に、あの手紙を書いてくれた人たちは、このあたりに住んでいるんだと思い、何とか1人でも良いので、会いたいと思っていました。

 ところが、その時の教会はすでになく、姉も、いろいろと調べてくれたのですが、もう、無理!!という時に、その時に、そこで牧師さんをしていた方と連絡がとれました。

 そして、手紙を書いてくれた人を呼んでくれたのです♪

 感動的な出会いでした♪

 こんな、奇跡のようなことが実際にあるなんて、信じられない気持ちでした♪

 お会いした牧師さんと、奥さんと、ご家族と一緒に、昼食を食べ、いろんな話を聞くことができました。

 夢のような・・・夢のような時間でした♪


 何よりも嬉しかったのは、私の小さな夢のために、片道3時間もかかるのに、車で運転してくれた、姉ちゃんの旦那さんや、最後まであきらめないで調べてくれた、姉ちゃんに感謝です♪

 ずっと今日だったら良いと思うぐらい、感動的な時間でした♪

ペンシルバニアからの手紙2013年08月08日

 私の父は、北海道の牧師さんでした。大好きな父は、私が8歳の時に病気で亡くなりました。
 母1人、子ども4人で暮らしていましたが、父がいない毎日は、母にとっては、私たちが想像を絶するほど大変だったろうし、私たちも、突然いろいろな社会の現実を、どうしても見なければいけないことが、多すぎました。
 そんな時に、北海道の小さな小さな町の教会に、ペンシルバニアから手紙が届いたのです。
 私には、何が書いてあるのか、全くわかりません。なぜなら、ペンシルバニアの私と同じぐらいの年齢のたくさんの子どもたちから手紙が来たのですが、すべて英語でした。

 その手紙には、私あてに、「お誕生日おめでとう」と、今自分たちが夢中になってやっているスポーツのことなどが、書かれていました。

 以前にアメリカに行った時に、たまたまペンシルバニアの近くまで行き、手紙を書いてくれた人たちは、このあたりに住んでいるのかもしれない・・・と思っていました。

 最近になって、どうしても気になって、もし、会いに行くのならば、みなさん年齢も重ねてしまうので、今しかないのでは・・・・・と思いました。

 ところが、手紙の住所の教会は、すでに別の教会になっていて、そんなに古い手紙のことを覚えている人なんか、いるわけないよな・・と思い、違う教会であっても、その場所に行ってかえって来ようと思っていました。

 手紙のコピー等をニューヨークの姉に渡して、いろいろ調べてもらったのですが、なかなかうまく行かず、もう、あきらめかけたいたところ、奇跡がおこりました♪

 これは、絶対奇跡です♪

 というわけで、明日仕事に行って、そのまま奇跡に出会いに行ってきま~す♪

雨の日には雨の中で 相田みつをさんの詩2013年08月06日

雨の日には雨の中を 風の日には風の中を

暖かい春の陽ざしを ポカポカと背中に受けて
平らな道をのんびりと歩いてゆくーー
そんな調子のいい時ばかりではないんだな
あっちへぶつかり こッちへぶつかり
やることなすこと みんな失敗の連続で
どうにもこうにも 動きのとれぬことだってあるさ、
当にしていた 友達や仲間にまで
そッポをむかれてさ
どっちをむいても 文字通り八方ふさがりーー
四面楚歌ッてやつだな
それでも
わたしは自分の道を自分の足で 歩いてゆこう
自分で選んだ道だものーー

雨の日には雨の中を 風の日には風の中を
涙を流すときには 涙を流しながら
恥をさらすときには 恥をさらしながら
口惜しいときには「こんちくしょう!」と
ひとり歯ぎしりを咬んでさ
黙って自分の道を 歩きつづけよう
愚痴や弁解なんて いくら言ったッて
何の役にも立たないものーー
そしてその時にこそ
目に見えないいのちの根が 太く深く育つ時だから
何をやっても思うようにならない時
上にのびられない時に 根は育つんだからーー

雨の日には雨の中を
風の日には風の中をーー

相田みつをさん2013年08月06日

 昨日は、金子みすず記念館の館長さんの話をどうしても聞きたくて、研修に行きましたが、今日は、相田みつをさんの息子さんの相田一人さんの話を聞くために行ったのですが、一人さんは体調が悪かったようで、まだ無理はできず、出版社の方の、おはなしでした。

 相田みつをさんは、とても字の上手な方で、絵を書くように、あのような文字を書いているという話を聞きました。どの文字も、とても味があるように思いますが、世の人々が受け入れる前は、生活の方も、とても大変だった様子でした。

 昨日は、野口先生の、語り方に、はまってしまい、ああいう風に人を引き付けられるような、話し方ができたらどんなに良いだろう・・・と思いつつでしたが、今日は、今日で、だいぶ疲れて眠くもなりましたが、尊い話をたくさん聞くことができました。

 土曜日から、感性を磨く研修に4日間出ましたが、もう大人は感性磨いても、疲れるばかりかもしれない・・・と、今は思っていますが、もう一度ノートを読み直すと、いろいろ、勉強になっていると思います♪
 なんだか疲れましたが、本当に充実した、4日館でした♪

 昨日も今日も、横浜で研修でしたが、どっこにも行かないで帰ってきました♪また研修じゃない時に、中華街に行ったり、赤レンガに行ったりしたいものです♪

母の日2013年05月13日

私の母は、とても厳しい人で
私は母に甘えたいなんて
怖くて一度も思ったことがありません

その怖い母は
朝5時に起きて聖書を読みます
6時30分には、ラジオ体操をします
掃除をして選択をして
NHKの朝の番組を見たら仕事に行きます
その後は、ずっと帰ってきません

帰って来ると鬼になります
部屋に逃げ込むと天国の父に向かって
大声で泣き始めます

お父ちゃんは私だけにこんなに苦労させて・・・

両親のいない私たち兄弟は、自由でのびのび
ほっとかれて育ちましたが
親の理想とはぜんぜん別の方向に向かっていました

兄も、姉も、妹もアメリカへ逃げ
私だけが日本に残ってしまい
母親に怒られ続けていました・・・・・・

本当に厳しい母親で
私は何度家出をしたことか・・・・・・・

何しろ母親が嫌いで嫌いでたまらず
顔を見るのも嫌だったのですが
母の日に贈り物をしないと
泣き叫ぶので
絶対忘れないでプレゼントをすることにしていました

そんな厳しかった母も年を重ね
今は介護つきの素敵な場所で
静かに過ごしています


今年は母の日に釣りに行ってしまい
夕方までに帰ってくる予定だったのが
釣りにやたら夢中になってしまい
帰ってくるのが遅くなってしまいました

母のところに行かなくては
母のところに行かなくてはと・・

おびえるようにつぶやいていました

次の日仕事を終えると一目散で
母のところに行きました

部屋に入るなり
あたし「あらっ!!お花は?」
母「そんなもんないよ」
あたし「ちゃんとプレゼントしたのに!!」

介護の人に尋ねると
水をこぼしてしまうのでと部屋に花は入れてもらえなかったようです

私が花を中に入れてあげ
兄弟の名前を全部書き入れて
母と一緒に写真を撮ってあげました。

その日は、めずらしく母は自分がどんなにダメな人間か
どんなにここで、冷たくされているかを私に訴えました
(そんなことは、絶対ないのですが・・・)

私は小さい町で、牧師さんの妻をやっていて、その牧師さんが天国に行ってしまい、4人の子どもを育てて、そこにいろいろな方たちが来たことなど、自分が覚えていることを全部母に話すと、母は、そうだったわね!そうだったわね!と、時々涙を流していました。

父が亡くなった時に日本中から、外国からもたくさんの奨学金が送られてきたことなども伝え、それが母の次の仕事のために役立ったことや、その時に来た、アメリカのペンシルバニアから来た手紙の教会に今度行ってみることを伝えると「手紙を書いてくれた、誰かひとりにでも会えるといいわね~~」と言ってくれました。

夏!本当に行きます!!!

その後、東京に出てきてからの、母の仕事のことや、いろいろな人が感謝していることを伝えると、何度も「そんなことがあったわね」と、涙をためたり笑ったりしていました。

あっという間に2時間が過ぎてしまい、帰ろうとすると、母が

「あなたは、本当に良い時に生まれてくれたわね」と言っていました。なんだか、思わず、母に抱きついてしまい、また来るからね!と約束して帰ってきました。

86歳で、厳しい母が、どこかに消えてしまい、本当に物足りないのですが、優しさとピュアな心だけが残されて平和に母が元気に生きていてくれて、本当にうれしいです!

・・・・しかし、この後、ニューヨークから姉は1時間も電話したらしい

ほんと・・・・すごい!!(←あまり意味ないです)

よし!!!!

母が元気なうちに、やりたいことを全部やろう!!!

やりたいことやるのは、今しかない!!笑

ろん毛髭さんの10年目の命日2013年04月24日

 10年前の今日、ロン毛髭さんは天国に行ってしまいました。

 ワルキューレに乗っていたYさんが、「ロン毛さんは、もめごとは年配者の僕が引き受ける!だから、心配しないで走れ!!と、行ってくれていたんです」とおっしゃっていました。
 
 この言葉を心に刻み、あれから10年たちましたが、私は、まだ走っています♪

 ワルキューレの人たちも、まだ走っています♪

 仲間たちは、み~~んなまだ走っています♪(だいぶ年の人もいますが)

☆この動画は、W3に乗っていた、ダブサン(ドバ)が作ったものです。これを作った数年後に、彼も天国に行ってしまいました。今ごろダブサン(ドバ)とロン毛さんは、楽しそうに雲の上をツーリングしているに違いないと思っています♪空から、運転下手くそなあたしを守っていてくれ~~~~~~~~~~~☆☆☆

ゴールド免許ゲット!2013年03月27日

 あいにくの雨でしたが、仕事を休み(休めるような状態じゃないのに)免許の更新に行ってきました♪
 調べたいことがあり、アイホンでずっと調べながら行ったので、常に電車を乗りこしそうでした♪

 いつもはバイクで行っていたのですが、雨だし、今日バイクにのって警察につかまったら、もともこもないので、電車とバスで行きました♪
 いつもは調布からバスなのですが、ネットで調べてもわけわかんないので、多磨霊園から行きました♪

 桜は咲いていたけれど、お墓と桜じゃあな~~と、アイホンで調べものをしつつ、試験場に到着!

 そして・・・無事ゴールド免許をゲットしました♪

 そりゃ~~も~~~~~~嬉しくてたまりません♪

 何しろ、あの、白バ2台の追いかけられた屈辱!
 意味もわからず、罰金をとられた屈辱!
 てめ~~ら、勝手に規則作って、一般市民から金とるな!と思っても、どこにも言うこともできない屈辱の3000円罰金から、ゴールドを失い・・・・・

 その後、40キロ道路で、あんたら、なに稼いでんのよ!みたいな道路で警察が69で、29キロオーバーで免停ギリギリ・・・今や50キロ道路になっているなら、罰金返してよ!!!と思っても、言えない屈辱!!

 一般市民は、いつの時代も、権力によって苦しめられていることに何も言えないで生きているのだ!!!!!!!!!!

 ともかく、めちゃくちゃ悔しくて、今年はバイクに乗りたくてウズウズしていて、誘われても断り・・・我慢の日々でしたが

 これで、はれて解放されたわけです♪

 目的を果たしたので、も~~~~~~ブルーになっても良いわ!わははは・・・・・・・

 これで、ようやくバイクのエンジンをかけて走ります♪
 バイクで走ればストレスはなくなるので
 ストレスで胃が痛くなることも、なくなるかな・・・・・・笑


 午後は仕事に行こうと思っていたのですが、帰ってきて、さっきまで爆睡してしまいました♪やっぱりちょっと過労しているのかもです♪


★今日知ったのですが、飲酒運転以外に、過労運転も違反だそうです
★70歳をすぎると、教習所で認知症のテストと車の運転があるそうです♪車の運転ペーパーで、バイクしか運転しない、あたしはどうなる?
★ともかく・・・・・・おめでとう!!!!!!!あたし!!!誕生日の千倍嬉しいですよ~~~~~~

ベリーズに住む日本人2013年03月22日

 ベリーズに住む日本人のテレビがあるというので、見ようと思っていたのですが、ビデオにとっておいたので、見ることにしました。

 はじまって、ビックリ!!!

 あっ!あさこさんだ!!!

 ベリーズに行った時に、ブルーホールに行く時に、日本人のガイドさんが案内してくれて、その時に会った人です♪

 テレビに出ていましたが、彼女の弟が、ホテルまで迎えにきてくれて、あちこちに車でつれて行ってくれていました♪

 懐かしかったし、またベリーズに行きたくなってしまいました♪あ~~~~~~~~~~~~カリブ海~~~~~~~♪

 この写真にうつっている方が、あさこさんですよ♪
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