お元気でしたか?今週もよろしく~~~~~♪

ペンシルバニアの教会2013年08月14日

  私が9歳の時に、ペンシルバニアから手紙が届きました。以前ニューヨークに来た時に、たまたまアーミッシュの人たちの生活を見に行ったところが、ペンシルバニアで、その時に、あの手紙を書いてくれた人たちは、このあたりに住んでいるんだと思い、何とか1人でも良いので、会いたいと思っていました。

 ところが、その時の教会はすでになく、姉も、いろいろと調べてくれたのですが、もう、無理!!という時に、その時に、そこで牧師さんをしていた方と連絡がとれました。

 そして、手紙を書いてくれた人を呼んでくれたのです♪

 感動的な出会いでした♪

 こんな、奇跡のようなことが実際にあるなんて、信じられない気持ちでした♪

 お会いした牧師さんと、奥さんと、ご家族と一緒に、昼食を食べ、いろんな話を聞くことができました。

 夢のような・・・夢のような時間でした♪


 何よりも嬉しかったのは、私の小さな夢のために、片道3時間もかかるのに、車で運転してくれた、姉ちゃんの旦那さんや、最後まであきらめないで調べてくれた、姉ちゃんに感謝です♪

 ずっと今日だったら良いと思うぐらい、感動的な時間でした♪

ペンシルバニアからの手紙2013年08月08日

 私の父は、北海道の牧師さんでした。大好きな父は、私が8歳の時に病気で亡くなりました。
 母1人、子ども4人で暮らしていましたが、父がいない毎日は、母にとっては、私たちが想像を絶するほど大変だったろうし、私たちも、突然いろいろな社会の現実を、どうしても見なければいけないことが、多すぎました。
 そんな時に、北海道の小さな小さな町の教会に、ペンシルバニアから手紙が届いたのです。
 私には、何が書いてあるのか、全くわかりません。なぜなら、ペンシルバニアの私と同じぐらいの年齢のたくさんの子どもたちから手紙が来たのですが、すべて英語でした。

 その手紙には、私あてに、「お誕生日おめでとう」と、今自分たちが夢中になってやっているスポーツのことなどが、書かれていました。

 以前にアメリカに行った時に、たまたまペンシルバニアの近くまで行き、手紙を書いてくれた人たちは、このあたりに住んでいるのかもしれない・・・と思っていました。

 最近になって、どうしても気になって、もし、会いに行くのならば、みなさん年齢も重ねてしまうので、今しかないのでは・・・・・と思いました。

 ところが、手紙の住所の教会は、すでに別の教会になっていて、そんなに古い手紙のことを覚えている人なんか、いるわけないよな・・と思い、違う教会であっても、その場所に行ってかえって来ようと思っていました。

 手紙のコピー等をニューヨークの姉に渡して、いろいろ調べてもらったのですが、なかなかうまく行かず、もう、あきらめかけたいたところ、奇跡がおこりました♪

 これは、絶対奇跡です♪

 というわけで、明日仕事に行って、そのまま奇跡に出会いに行ってきま~す♪

雨の日には雨の中で 相田みつをさんの詩2013年08月06日

雨の日には雨の中を 風の日には風の中を

暖かい春の陽ざしを ポカポカと背中に受けて
平らな道をのんびりと歩いてゆくーー
そんな調子のいい時ばかりではないんだな
あっちへぶつかり こッちへぶつかり
やることなすこと みんな失敗の連続で
どうにもこうにも 動きのとれぬことだってあるさ、
当にしていた 友達や仲間にまで
そッポをむかれてさ
どっちをむいても 文字通り八方ふさがりーー
四面楚歌ッてやつだな
それでも
わたしは自分の道を自分の足で 歩いてゆこう
自分で選んだ道だものーー

雨の日には雨の中を 風の日には風の中を
涙を流すときには 涙を流しながら
恥をさらすときには 恥をさらしながら
口惜しいときには「こんちくしょう!」と
ひとり歯ぎしりを咬んでさ
黙って自分の道を 歩きつづけよう
愚痴や弁解なんて いくら言ったッて
何の役にも立たないものーー
そしてその時にこそ
目に見えないいのちの根が 太く深く育つ時だから
何をやっても思うようにならない時
上にのびられない時に 根は育つんだからーー

雨の日には雨の中を
風の日には風の中をーー

相田みつをさん2013年08月06日

 昨日は、金子みすず記念館の館長さんの話をどうしても聞きたくて、研修に行きましたが、今日は、相田みつをさんの息子さんの相田一人さんの話を聞くために行ったのですが、一人さんは体調が悪かったようで、まだ無理はできず、出版社の方の、おはなしでした。

 相田みつをさんは、とても字の上手な方で、絵を書くように、あのような文字を書いているという話を聞きました。どの文字も、とても味があるように思いますが、世の人々が受け入れる前は、生活の方も、とても大変だった様子でした。

 昨日は、野口先生の、語り方に、はまってしまい、ああいう風に人を引き付けられるような、話し方ができたらどんなに良いだろう・・・と思いつつでしたが、今日は、今日で、だいぶ疲れて眠くもなりましたが、尊い話をたくさん聞くことができました。

 土曜日から、感性を磨く研修に4日間出ましたが、もう大人は感性磨いても、疲れるばかりかもしれない・・・と、今は思っていますが、もう一度ノートを読み直すと、いろいろ、勉強になっていると思います♪
 なんだか疲れましたが、本当に充実した、4日館でした♪

 昨日も今日も、横浜で研修でしたが、どっこにも行かないで帰ってきました♪また研修じゃない時に、中華街に行ったり、赤レンガに行ったりしたいものです♪

母の日2013年05月13日

私の母は、とても厳しい人で
私は母に甘えたいなんて
怖くて一度も思ったことがありません

その怖い母は
朝5時に起きて聖書を読みます
6時30分には、ラジオ体操をします
掃除をして選択をして
NHKの朝の番組を見たら仕事に行きます
その後は、ずっと帰ってきません

帰って来ると鬼になります
部屋に逃げ込むと天国の父に向かって
大声で泣き始めます

お父ちゃんは私だけにこんなに苦労させて・・・

両親のいない私たち兄弟は、自由でのびのび
ほっとかれて育ちましたが
親の理想とはぜんぜん別の方向に向かっていました

兄も、姉も、妹もアメリカへ逃げ
私だけが日本に残ってしまい
母親に怒られ続けていました・・・・・・

本当に厳しい母親で
私は何度家出をしたことか・・・・・・・

何しろ母親が嫌いで嫌いでたまらず
顔を見るのも嫌だったのですが
母の日に贈り物をしないと
泣き叫ぶので
絶対忘れないでプレゼントをすることにしていました

そんな厳しかった母も年を重ね
今は介護つきの素敵な場所で
静かに過ごしています


今年は母の日に釣りに行ってしまい
夕方までに帰ってくる予定だったのが
釣りにやたら夢中になってしまい
帰ってくるのが遅くなってしまいました

母のところに行かなくては
母のところに行かなくてはと・・

おびえるようにつぶやいていました

次の日仕事を終えると一目散で
母のところに行きました

部屋に入るなり
あたし「あらっ!!お花は?」
母「そんなもんないよ」
あたし「ちゃんとプレゼントしたのに!!」

介護の人に尋ねると
水をこぼしてしまうのでと部屋に花は入れてもらえなかったようです

私が花を中に入れてあげ
兄弟の名前を全部書き入れて
母と一緒に写真を撮ってあげました。

その日は、めずらしく母は自分がどんなにダメな人間か
どんなにここで、冷たくされているかを私に訴えました
(そんなことは、絶対ないのですが・・・)

私は小さい町で、牧師さんの妻をやっていて、その牧師さんが天国に行ってしまい、4人の子どもを育てて、そこにいろいろな方たちが来たことなど、自分が覚えていることを全部母に話すと、母は、そうだったわね!そうだったわね!と、時々涙を流していました。

父が亡くなった時に日本中から、外国からもたくさんの奨学金が送られてきたことなども伝え、それが母の次の仕事のために役立ったことや、その時に来た、アメリカのペンシルバニアから来た手紙の教会に今度行ってみることを伝えると「手紙を書いてくれた、誰かひとりにでも会えるといいわね~~」と言ってくれました。

夏!本当に行きます!!!

その後、東京に出てきてからの、母の仕事のことや、いろいろな人が感謝していることを伝えると、何度も「そんなことがあったわね」と、涙をためたり笑ったりしていました。

あっという間に2時間が過ぎてしまい、帰ろうとすると、母が

「あなたは、本当に良い時に生まれてくれたわね」と言っていました。なんだか、思わず、母に抱きついてしまい、また来るからね!と約束して帰ってきました。

86歳で、厳しい母が、どこかに消えてしまい、本当に物足りないのですが、優しさとピュアな心だけが残されて平和に母が元気に生きていてくれて、本当にうれしいです!

・・・・しかし、この後、ニューヨークから姉は1時間も電話したらしい

ほんと・・・・すごい!!(←あまり意味ないです)

よし!!!!

母が元気なうちに、やりたいことを全部やろう!!!

やりたいことやるのは、今しかない!!笑

ろん毛髭さんの10年目の命日2013年04月24日

 10年前の今日、ロン毛髭さんは天国に行ってしまいました。

 ワルキューレに乗っていたYさんが、「ロン毛さんは、もめごとは年配者の僕が引き受ける!だから、心配しないで走れ!!と、行ってくれていたんです」とおっしゃっていました。
 
 この言葉を心に刻み、あれから10年たちましたが、私は、まだ走っています♪

 ワルキューレの人たちも、まだ走っています♪

 仲間たちは、み~~んなまだ走っています♪(だいぶ年の人もいますが)

☆この動画は、W3に乗っていた、ダブサン(ドバ)が作ったものです。これを作った数年後に、彼も天国に行ってしまいました。今ごろダブサン(ドバ)とロン毛さんは、楽しそうに雲の上をツーリングしているに違いないと思っています♪空から、運転下手くそなあたしを守っていてくれ~~~~~~~~~~~☆☆☆

ゴールド免許ゲット!2013年03月27日

 あいにくの雨でしたが、仕事を休み(休めるような状態じゃないのに)免許の更新に行ってきました♪
 調べたいことがあり、アイホンでずっと調べながら行ったので、常に電車を乗りこしそうでした♪

 いつもはバイクで行っていたのですが、雨だし、今日バイクにのって警察につかまったら、もともこもないので、電車とバスで行きました♪
 いつもは調布からバスなのですが、ネットで調べてもわけわかんないので、多磨霊園から行きました♪

 桜は咲いていたけれど、お墓と桜じゃあな~~と、アイホンで調べものをしつつ、試験場に到着!

 そして・・・無事ゴールド免許をゲットしました♪

 そりゃ~~も~~~~~~嬉しくてたまりません♪

 何しろ、あの、白バ2台の追いかけられた屈辱!
 意味もわからず、罰金をとられた屈辱!
 てめ~~ら、勝手に規則作って、一般市民から金とるな!と思っても、どこにも言うこともできない屈辱の3000円罰金から、ゴールドを失い・・・・・

 その後、40キロ道路で、あんたら、なに稼いでんのよ!みたいな道路で警察が69で、29キロオーバーで免停ギリギリ・・・今や50キロ道路になっているなら、罰金返してよ!!!と思っても、言えない屈辱!!

 一般市民は、いつの時代も、権力によって苦しめられていることに何も言えないで生きているのだ!!!!!!!!!!

 ともかく、めちゃくちゃ悔しくて、今年はバイクに乗りたくてウズウズしていて、誘われても断り・・・我慢の日々でしたが

 これで、はれて解放されたわけです♪

 目的を果たしたので、も~~~~~~ブルーになっても良いわ!わははは・・・・・・・

 これで、ようやくバイクのエンジンをかけて走ります♪
 バイクで走ればストレスはなくなるので
 ストレスで胃が痛くなることも、なくなるかな・・・・・・笑


 午後は仕事に行こうと思っていたのですが、帰ってきて、さっきまで爆睡してしまいました♪やっぱりちょっと過労しているのかもです♪


★今日知ったのですが、飲酒運転以外に、過労運転も違反だそうです
★70歳をすぎると、教習所で認知症のテストと車の運転があるそうです♪車の運転ペーパーで、バイクしか運転しない、あたしはどうなる?
★ともかく・・・・・・おめでとう!!!!!!!あたし!!!誕生日の千倍嬉しいですよ~~~~~~

ベリーズに住む日本人2013年03月22日

 ベリーズに住む日本人のテレビがあるというので、見ようと思っていたのですが、ビデオにとっておいたので、見ることにしました。

 はじまって、ビックリ!!!

 あっ!あさこさんだ!!!

 ベリーズに行った時に、ブルーホールに行く時に、日本人のガイドさんが案内してくれて、その時に会った人です♪

 テレビに出ていましたが、彼女の弟が、ホテルまで迎えにきてくれて、あちこちに車でつれて行ってくれていました♪

 懐かしかったし、またベリーズに行きたくなってしまいました♪あ~~~~~~~~~~~~カリブ海~~~~~~~♪

 この写真にうつっている方が、あさこさんですよ♪

高尾山で出会った素敵な言葉2013年02月24日

こころがみだれると

ものの姿は

ゆがんで見える

心を静かに澄ませば

誰でも

ものの姿を

素直にとらえる

ことができる

(心のふるさと祈りのお山 高尾琵琶瀧水行道場)



※心澄ませて、いつも笑顔で、ストレスためずに生きられますか?

う・・・・

☆10年前の私の命日☆2013年02月08日

 ちょうど10年前の今日、10メート飛びました!!

 空を 飛ぶという夢がかなったわけですが、気持ち良くふわっと飛んだ後は、アスファルトの上におっこちてしまいました。

 まるで、 堕天使・・・・のようなわけです。

 それは、仕事中のことで、子どもたちに絵の指導をしていて、白の絵の具がなくなってしまい、買いに行く途中でした。

 原付バイクで文房具屋に行く途中の出来事でした。

 その日は、朝からなんだか不気味な1日で、扉のすきまなどが開いているのがとても嫌で、周囲の人に 「なんだか、部屋中に霊がいっぱいいる気がするんだけど・・」 と・・・不気味なのは周囲じゃなくて、自分??? と思うほど、朝から、ザワ~~ッとする1日でした。

  職場から原付バイクで5分ぐらいのところに文房具屋やあります。午後、絵の具を買いに行くために毎日通っている道を走っている時に、ふと右手にある団地に行く坂道を見ました。たくさん何かがいる気配がして・・・ 「あっ!霊がいっぱいいる???」 そう思った瞬間・・・思いっきり空を飛んでしまったわけです。

 なんと・・・路上駐車の車に、思いっきりつっこんでのことでした。

  その後、全く動くこともできず、左手だけは動いたので ポケットの携帯電話から職場に電話をしました。「事故にあってしまったので、戻れないかも・・・」

  私は、白線の上に、ボトリと落ちた瞬間・・・ 「私・・・何かと入れ替わった?」と思いました。


 救急車が来て、私を救急車に乗せました。

 左足の感覚が全くないので、足を見ようとしたら救急隊の人が「見ない方がいい!!」って言いました。

 足・・・・・もしかして・・・なくなった????

 その日は木曜日で、土曜日から大型免許を取りに行く予定です♪

 こんなことしている場合じゃないんですよ!!!

 救急車で病院に運ばれて、病院で、おそるおそる自分の足を見ると・・・

 あっ!!足あるじゃ~~~~~ん♪

 ホッとはしましたが、本当に酷い傷でした。

 左足膝上裂傷!右足首骨折!全身打撲!記憶錯乱?

 処置をしている間、先生が「しゃべりすぎてうるさい!!」と、私を眠らせてしまいました。

 意識が戻ってきたけれど、体は全然動きません。

 家族や親せきや知り合いたちが私のベッドをかこんで

 「まったくバカで!」

 「本当にバカで!」

 「ど~~しょうもないバカですよ!!!」

 と・・・・・・

 あたしのことをだ~~れも心配していなくて、みんなで、あきれかえっていました。

 何が起こったのかよくわからなくなっていましたが、

 よくよく考えてみると・・・

 あ・・・・・あたしったら 止まっている車に激突したんだ!!!

 (この日以来、意識がなくて眠っている人の前でも絶対その人は聞こえていると信じています)


 私のことを「バカだ!バカだ!」という人たちがいなくなった後、白い壁の病室と自分だけが、意味もなく病室に取り残されていました。

 トイレに行きたくても動けない

 何をするにも動けない

 全くもって不自由な自分がそこにいました。

 何とか仕事に行かなくちゃ!!

 実は、私は保育園の年長組の担任でした。それも、補助の人はなく、1人担任だったのです。

 自分がいかないと子どもたちが悲しむ・・・何としても、這ってってでも仕事に行かなくては・・・と思いました。

 ところが・・・

 次の日には

 「代わりの人を入れたので、仕事に来なくて大丈夫!」

 そいう言われた時には

 「・・・あたしって、そんなに必要な人材ではなかったわけだ・・・」

 わかりやすく言えば

 母親のかわりなんか、そんなに誰でもできるわけじゃないけど

 保育士のかわりなんか、誰でもできるわけで、私なんかいなくても

 大丈夫なわけです。

 自分が貴重だなんて思っているのは、家族でも親戚でもなく

 自分だけなわけです。

 あのまま私がいなくなったって 誰も淋しくもないし

 形上、私の人生の、おしまいの会とかあったにしても

 過ぎてしまえば

 みんな私のことなんか忘れてしまうわけです。

 そう思った時・・・

 自分はただのスクラップになってしまったことを感じました。

 いらなくなった乗れない車が山のようにつまれた、あの車たちの一部分になった気がしました。



 お医者には、もう二度と前のようには歩けないし、足を引きずるだろうといわれました。最低でも、1か月は入院!

 一夜過ぎると麻酔が切れて、めちゃくちゃ左足の傷口は痛いし、全身アザだらけだし、右足を骨折しているので、トイレに行くのは大変でした。点滴やら、足にクダがつながっていたりで、それを全部持って車いすに乗って行くのですが、何しろ少し動くだけで、激痛でした。

 昨日まで、確かにあたりまえにしていたこと!

 朝起きること

 花園の花に水をあげること

 トイレに行くこと

 食事の支度をすること

 朝ごはんを食べて仕事に行くこと

 かわいい子どもたちの中で仕事をしていること

 歩くこと

 買い物に行くこと

 そういうあたりまえのことがすべて自分からなくなってしまいました。

 1日中動けない、ここからも出られない、ここはまるで牢屋の中のようです。

 それも、1か月も、こんなところにいなくてはならないなんで・・・



 生きる気力を失っているところに

 子どもたちや親たちが、次々とお見舞いに来てくれました。

 そして、次々に

 「ばかだね!!!ほんとに~~!」と・・・言われ続けました。

 「だいたいさ~~止まっている車に激突するなんて、いい男でも見てたんでしょ~~~」

 ↑お見舞いに来た人、全員これを言っていました♪

 実は・・・家族に、例のことを(霊のことですが・・・)うちあけました。

家族「なんで止まっている車にぶつかったのよ!!」

わたし「坂道に霊がいて、あっ!いっぱいいる!!って思った瞬間に飛んでいたの」

家族「そのことは、医者にも絶対言わないように!警察にも絶対言わないように!二度と口にしないように!そうしないと、ここじゃなくて、違う病院に連れていかれちゃうよ!!」

 その話は、二度としてはいけないことになりました。

 お見舞いに来た人たちには「だから・・・霊がいっぱい!!の話は、誰にも秘密なんです!」と、全員にペラペラとしゃべっていました。

 お見舞いに来た子どもたちの顔を見ていると、やっぱり、こんなことはしれいられない!!と思い、早く退院できるようにがんばろう!と思うのですが、夜になると、眠れなくて、気持ちが落ち込みました。

 いっそのこと、あの時消えてしまった方が、めんどうじゃなくて、楽だったかも・・・・・・・


 だんだん冷静になってくると、なんだか、めちゃくちゃタバコが吸いたくなりました。

 看護婦さんに

あたし「すみません・・・タバコ吸いたいんですけど・・」

看護婦さん「吸えるものなら、吸ってごらんなさい・・・」

 あ・・・・・動けないんだっけ・・・・・・

 あたし、も~~タバコすら自由に吸えないんじゃん!!

 生きている意味ある????


 
 病院に図書館があって、図書館司書の方が病室に来ました。

 読みたい本があったら、もってきてくれるというのです。

 私は「文学のCDありますか?」と、聞いてみると、日本文学と世界文学のCDがあるというのです。私はそれを全部借りることにしました。

 日本文学20巻

 世界文学20巻

 こうなったら、1か月で全部聞くぞ!!

 それからというもの、暇さえあれば、CDで、文学の朗読を聞いていました。小さなパソコンを持っていたので、CDを聞きながら、忘れたくないセリフや、内容などを全部メモしながら聞いていました。

 1日も早く退院したいので、医者に禁止されている階段の上り下りも松葉杖で練習して、車椅子の運転は、暴走できるぐらい上達しました♪

 毎日病院を脱走して、公園に遊びに行き

 猫にエサをあげているおじさんと友達になり

 川辺に住んでいる、浮浪者の彼女なんだ~と言っている女性と友達になったり

 当たり前の生活はすべて失っているのですが

 その代わりに、なんとも不思議な世界が私の中に入って来ました♪

 ここの病院には、1階に、素敵な喫煙所もあり、1日数回、遊びに来ていました♪

 朝ごはんは出てくるし

 昼ごはんは出てくるし

 夜ごはんは出てくるし

 仕事はしなくていいし

 友達は毎日来てくれて、お茶とかもできるし・・・

 文学は聞きたい放題。

 病室の人たちとも仲良しになって、いっつも笑って話をしていました。

 『住めば都』って、このことですね!


 今でも思い出したくないことですが、私がぶつかった車!それはどうなったかというと

 家族から「ぶつかった車の修理代は30万円で、それは私が払わなくてはならない」と言われまいした。

 新しいバイク(家族からの誕生日プレゼント)は壊れ

 30万円か・・・・

 よし!!1か月入院しよ!!したら、保険が1日1万円おりるから余計な出費もなくなる!!

 ところが入院生活は、そうは甘くなく、入院すればするほど、傷口がひどくなって行きました。

 医者からは、お風呂で、ゴシゴシ医者からもらった清潔な水で洗うようにと言われたのですが、それはそれは地獄のおしおきみたいに痛いのです。

 おまけに、傷がどんどん広がって行ってしまうので、医者が麻酔なしで表面をハサミで切るので、それもめちゃくちゃに痛いのです。

 どんどんケロイドになって傷が広がりひどくなる自分の足の傷を見ていて

 私の足・・・びょっとして、腐ってきてる???と思うほどでした。

 おまけに、入院すればするほど、どんどん歩くのが大変になってきてしまいました。


 結局、ほとんど傷は良くならず、入院1か月後に退院となりました。

 ベッドが足りなくて、追い出された訳ですが、傷はヒザの上全体にケロイドのように広がってしまうほどになっていました。

 退院して、すぐに、いつもお世話になっている整形外科に行きました。

 先生は「こりゃひどい!!感染症をおこしているよ!これ以上ひどくなったら足切断だよ!退院しなかったら、大変だったね!」とおっしゃっていました。

 そこの病院に毎日通院して、抗生物質を飲みはじめると、傷は、みるみる良くなってきましたが、痛みはとれません。


 何とか卒園式だけは、杖なしで歩くこともでき、卒園遠足は、車いすで行くことができました。

 足の傷は良くなってきても、痛みが続き、夜も眠れないほどで、紹介状を書いていただき、日本女子医大の整形外科に行きました。

そして、見ていただいくと

 神経が痛みを記憶していて、いつまでたっても事故の時の痛みが続いているため。もう治らないと言われました。ただし、痛みというのは、時間がたつと慣れます!と・・・言われましたが・・・

 足の痛みで、歩けなくなることも多く、保育士の仕事は、その年度で断念しました。

 コツコツという靴音を出して歩ける人たちがうらやましく

 走っている人を見ていると涙が出ました。

 退院した後には、思いもよらない現実が待っていました。

 病院にいる時には、不自由さを感じませんでしたが、スーパーで買い物をしてしまったら、松葉杖を持っていたら買い物のカゴも荷物を持てません。

 下に物が落ちた時も大変で、拾うのにひと苦労でした。

 ヒザをつけないので、床拭きはできません。退院したとたんに、不自由だらけに驚きました。

 なんとか仕事をはじめたのですが、少しでも重たいものを持つと、足が痛くて歩けなくなり、膝になにか少しでも触れると激痛になってしまいます。そのため、全く楽しい気持ちにはなれなくなっていました。

 あたし・・・本当にもうダメかも・・・・


 困難な状況になると、それでも何とか生きようとするわけで・・・

 足の傷は、触れると痛いので、サポーターをつけてみると、膝がズボンやスカートで擦れなくなり、なんとか歩けていて、途中で歩けなることがなくなって来ました。

 重たいものさえ持たなければ、なんとかゆっくり歩けるようになりました。

 傷口はまだ、ふさがっていません・・・・

 おまけに、バイクに乗るのは世界中が反対!!!

 しかし・・・私としては、歩くより、バイクの方がずっと楽なのです。

 いわば、車いすにエンジンがついたのと思えばいいわけです。


 みんなは「普通怖くて乗れないよね!」と言うのですが、私は、どうしてもバイクに乗りたいです。でも、事故以来、バイクの音を聞くだけで緊張してしまうほど、怖いのも事実です。この恐怖感や緊張感をなくすには、それを克服する以外に方法はないのです。

 思い切ってエンジンをかけました。体中が、恐怖感を思い出してコチコチに緊張しました。

 少し走ってみると、思ったよりぜんぜん平気!

 やっぱ歩くより楽だわ!!

 ・・・・というわけで、まだ傷も治っていないのに、自動車教習所に、大型免許を取りに行き始めてしまいました♪

 膝に傷があるので、ニーグリップができず、クランクには苦労しましたが。何日か通って、無事大型免許をゲットしました!!

 ただし・・・世間の目の冷たいこと!冷たいこと!

 冷たいこと!!!!

 「よく、バイクになんか乗りますね!!」

 とか、何百回言われたかわかりません。

 もしかしたら、何千回だったかもしれません・・・。

 大型バイクはお金がなくて買えませんが、足が不自由になってからというもの、バイクに乗るのが楽しくてたまらなくなってしまいました♪

 その年のクリスマスイブに、友達とツーリングでイルミネーションを見た後、友達に「あたしさ~~ちょっと抜けてるけどさ~~それなりに一生懸命生きてきたのよ・・・だけどさ~~小さい時から、私のところには、一度もサンタクロースが来てくれたことないのよ!今年サンタさん、大型バイク持ってきてくれないかな~~~」

 星もきらめくクリスマスイブ・・・

 はたして、サンタさんは、来てくれるでしょうか・・・・・

 次の日の朝は、全く何も、何もおこりませんでした。

 あたりまえのことです。



 夕方、仕事が終わり銀行に行きました。




 銀行に行き、お金をおろし、残金を見ると・・・




 うそ!!なに!!この残金!!!!!!




 誰も信じないかもしれないけど

 本当にサンタさんが、バイクをプレゼントしてくれました。絶対サンタさんからのプレゼントです!
 がんばっていれば、こういう軌跡みたいなことが、ぜったい起こるのです!!

 事故の後遺症のお金がよりによって、12月24日にふりこまれていただけのことなのですが、これはサンタさんが、「これで絶対にバイクを買いなさい!!」というメッセージに間違いないと思いました。

 私には、こだわりがあって、バイクはワインレッドじゃないと、嫌なのです!

 私はKawasaki の W650が良いのですが、色は赤しかありません。

 どうしよう・・・と思っているうちに、ちょうど2004年発売のW650が、ワインレッドだったのです!!

 嬉しくて、嬉しくて、大和のマフラーも買ってしまいました。


 この日から、私とW650の旅が始まったわけです。




 あれから10年。

 足の痛みには、すっかり慣れて、今も痛いはずなのですが、何も気にならず、普通に歩いて生活しています。

 W650で、日本全国すべて走りました。そこで出会った人たち、日本の美しい自然!旅をしながら、かけがえのない経験を沢山することができました。



 本日、忘れもしない、2月6日の私の命日・・・!

 10年前のこの日、堕天使みたいに空からおっこちた瞬間に「いれかわった?」って思ったのは

 あの瞬間、一回死んで、次の瞬間に、新しい命がふきかえしたような気がします。

 あの日、あの時から不自由な時間を過ごしたことで、生きているって、奇跡だと思えています。

 これから先もずっと、新しい命をもらった日のことを思い出しながら、素敵に人生を生きていけたらいいのにな・・・・・☆完☆

W650画像